枕草子「関白殿、黒戸より出でさせ給ふとて」


「高校ゼミ古文Ⅲ」 読解編 p.16 ~17

敬語の訳出を抑えた「口語訳」

関白殿の黒戸より出でさせ給ふとて、女房のすきまなくさぶらふを、「①あないみじのおもとたちや。翁をばいかに笑ひ給ふらん」と分け出でさせ給へば、戸口に近き人々の、色々の袖口して、御簾を引き上げたるに、權大納言殿の御沓取りてはか奉り給ふ。②いとものものしう、きよげに、よそほしげに、下襲の裾ながく引き、所狹くさぶらひ給ふ。あなめでた、大納言ばかりに沓とら給ふよ、と見ゆ。 尊敬 使役 使役

関白様(=藤原道隆・中宮の父・道長の兄)が、黒戸の御所から退出なさるというので、女房たちがすきまもないくらいに大勢並んでいるのを(ご覧になって)、「おお美しい女房たちじゃ。(だが、心の中では)きっと、この(醜い)老人を笑っておることだろうな。」といって女房たちの間をかき分けるようにして出ていらっしゃると、これを見た戸口近くの女房たちは、色とりどりの袖口をのぞかせながら、手をもたげて御簾を引き上げると、権大納言(=藤原伊周・関白の次男・中宮定子の兄)が沓を履かせになるではないか。(権大納言は)とても威厳があって、美しいお顔で、装束もきちんとして、下襲の裾は長く引いて、堂々とお仕えなさっていらっしゃる。ああなんとすばらしい、(関白殿は)こんなにりっぱな大納言ほどのお方に沓をはかせなさるのだなあ、と思う。

 山井の大納言、その御次々のさならぬ人々、黒きもの(束帯)をひきちらしたるやうに、藤壺の塀のもとより、登華殿の前まで居並みたるに、ほそやかにいみじうなまめかしう、御太刀など引きつくろはせ給ひて、やすらはせ給ふに、宮の大夫殿(道長)は、戸の前にたた給へば、③居させ給ふまじきなめりと見る程に、④少し歩み出でさせ給へば、ふと居させ給へりしこそ、なほいかばかりの昔の御おこなひのほどにかと見奉りしこそいみじかりしか。

山の井の大納言(=藤原道頼・道隆の長男)や、大納言以下の位でお身内ではない人たちが、辺り一面黒いものを散らしたように、藤壺の塀のあたりから登花殿の前までひざまずいているところに、(関白様は)スマートなお体でたいそう優雅に刀をおさしになって待機していらっしゃるが、ちょうど宮の大夫殿(=藤原道長・道隆の弟)が黒戸の正面にお立ちになっているので、まさか、ひざまずかれる(下座の礼)ことはないだろうと思っていると、なんと(関白殿が)少し前に進まれたとき、(宮の大夫殿は)とっさにひざまずかれたのだ。これは、きっと(関白様の)前世における御善行がすばらしいかったのだろうと拝察したが、なんとも感動的だった。

 中納言の君の、忌の日とてくすしがり行ひ給ひしを、「たべ、その数珠しばし。行ひてめでたき身にならん」とかるとて、集り笑へど、なほいとこそめでたけれ。御前にきこしめして、「仏になりたらんこそ、これよりは勝らめ」とて⑤打ち笑ませ給へるを、又めでたくなりてぞ見⑥奉るする。
中納言の君(同僚の女房)が、(だれかの)命日だといって神妙な様子で勤行なさっていたのを、(ほかの女房or私が)「ちょっと貸して、その数珠。(私も)お勤めをして来世は(関白様のような)高貴な身分になろうかな。」とか言って借りるの聞いたので、集まってきて笑うけれど、、これはやはり(関白様は)ほんとうにすばらしいと思ったからのことだ。この騒ぎを中宮様がお聞きになって、「仏になるほうが、関白になるよりは上でしょ。」と言って、微笑まれるお顔を、わたしはまたすばらしいと思って見つめてしまう。

 大夫殿の居させ給へるを、かへすがえす聞ゆれば、「⑦例の思ふ人」と笑はせ給ふ。まいて、⑧この後の御ありさま、見奉らせ給はましかば、⑨ことわりとおぼしめされなまし
宮の大夫殿がひざまずかれたことを、(私が)何度も話題にするので、(中宮様は)あなたの押しメンね、とお笑いになる。まして、この後の(道長様の)隆盛を(中宮様が)ごらんになることがあったら、(私がかつて道長様を押していたことを)なるほどとお思いになったことだろう。


①訳せ。
②誰の様子を述べたものか。
③主語を補って訳せ。
④主語は誰か。
⑤主語は誰か。
⑥誰の動作を低めて、誰に敬意を払った表現か。
⑦誰のことを指しているか。
⑧誰の様子を述べたものか。
⑨主語を補って訳せ。
* 登場人物を登場する順に列記せよ。
 (不特定多数の女房たち・人々は除く)

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