2017年 早大政経 国語2番「ポピュリズム」


①現代のポピュリズム運動には、「国家はわれわれのために治安を守るべきだ」という要求が込められている。一義的には国家のためのものである治安を、なぜ民衆がみずからのために国家に対して要求するのか、あるいは要求できるのか。

②じつは、ポピュリズムのこうした要求は国家のひとつの歴史的形態を前提にしている。国民国家とよばれるものがそれだ。国民国家とはまさに、国民として同定された住民全体が国家の主体となるような国家形態にほかならない。いわばそこでは、富を徴収する側と徴収される側とが一体化しているのである。物理的実力を行使する審級とそれによって支配される審級との一致といってもいいだろう。この一致によって、暴力の行使も、税の取り立ても、そして治安の維持も、国家のためだけでなく、民衆のためのものとなる。「われわれのために治安を守れ」という要求を国家にたいしてなすことができるのは、こうした一致を前提とするかぎりにおいてだ。

③(  なお ただし たとえば したがって しかしながら )、ポピュリズムが依拠する「民衆」は、「国民として国家を担うもの」というコノテーションを必然的に帯びることになる。その「民衆」が人種主義的なアイデンティティをもっ理由もここにある。ある地域の住民が国民として同定されるためには、人種主義的な観念や制度を通過しなくてはならないからである。
 * connotation 【名】含意、言外の意味、暗示するもの、暗示的意味、含蓄

④もちろん、こうした国家形態は、歴史的には非常に特殊なものだ。ある地域の住民全体が、身分差をもたない同質的なグループとして国家の成員となる政治体制は、国民国家以前にはほとんど存在したことがなかった。それまでの歴史の「常識」では、国家をになう軍事集団(貴族や武士など、かれらは富を生産する活動に従事する必要がない) とそれ以外の住民のあいだには乗り越えがたい身分的な差異が穿たれており、両者のあいだの融合は本来的にはありえなかった。国民国家は、その身分的な差異をとり払うことで、住民たちを同質化し、潜在的な国家暴力の担い手としたのである。さまざまな制度がそのために創設された。国語の制定、徴兵制、義務教育、普通選挙制、そして不平等や生活格差を是正しながら住民の生存をささえるための社会保障制度。これらの制度が漸進的に導入されることで、民衆と国家が一体化するような政治体制は形成されていったのである。

⑤とはいえ、その形成プロセスは、民衆にとって、軍役を強要されるということだけにはおさまらない「ポジティブな」側面をも含んでいたということには注意しておこう。

⑥( なお ただし たとえば したがって しかしながら )、国民化を通じて民衆は、国家の決定過程に建前的にせよ参加することができるようになり、場合によっては国家機構の役職につくこともできるようになった。また、たんに富を徴収されるだけでなく、国家の成員として生存の保障をある程度は国{永からうけられるようになった。そしてなによりも、国家の実力行使の主体となることで、国家がもちいる暴力に正面から対時させられる必要がなくなった。国家の物理的実力にたいする全面的な服従か、死をかけた反抗か、という二択状態からの脱出である。

⑦要するに、国民となった民衆は、もはや受動的な被支配者であることをやめ、国家がつくるセキュリティをみずからのものとして、「( あてにする うけいれる したがえる のりこえる ひきうける )」ことができるようになったのである。くりかえせば、ここでいうセキュリティとは、たんに治安という意味でのセキュリティだけでなく、不慮の事態にたいする生活の保障という意味でのセキュリティでもある。

⑧また他方では、国家のほうも、国民的な形態へと生成することで、多くの民衆をみずからの実力行使へと動員することができるようになった。これは、国家の物理的実力を増強させるという効果をもつだけでなく、内戦のリスクを大幅に減らす。国家はもはや民衆を支配するためにかれらと対立する必要がない。民衆の大部分が国民として国家の側につくことで、国家による合法的暴力の独占はより安定化するからだ。フーコーがコレージュ・ド・フランスでの講義でのべたように、国家は「社会からみずからを防衛する」ことをしなくてもよくなるのだ。

国家の国民化のプロセスとは、暴力にもとづいた支配が、ますます不可視に5「穏和」になっていくプロセスであった(残酷で見世物的な身体刑がなされなくなったのはそのためだ)。民衆たちが国家と一種の「セキュリティ協定」をむすぶことができるようになったのは、まさにこうしたプロセスにおいてである。

⑩現代のポピュリズムが体現しているのは、国家と民衆のあいだに( 国民的 惰性的 熱狂的 必然的 歴史的 )にむすばれてきたセキュリティの絆を、民衆の側から締め直そうという運動にほかならない。しかしじつは、こうした民衆からの要求じたい、国家がもはや国民的なものではなくなりつつあることのひとつのあらわれだ。国家はいまや、国民全体の生存条件をめぐるセキュリティの保障にますます無関心になっている。

⑪二つの大きな要因があるだろう。

⑫一つは、国家の物理的実力をささえるテクノロジーのさらなる発達である。軍事装置の超ハイテク化は、国家の軍事行動のために国民全体が動員される必要性をなくしてしまった。ますます加速するEU諸国のあいだの軍事統合が示しているのは、国民という単位で担うには現在の軍事テクノロジーはあまりに高度で強大である、ということにほかならない。

⑬この点で、近代徴兵制をつくりだしたフランスで二〇〇一年に徴兵制が廃止されたのは象徴的なできごとである。徴兵制でおこなわれていたのは武器の使い方の習得だけではない。識字率の検査や、基礎科目の再教育、規律をつうじたす, 生活習慣の改善、といった「生活のメンドウ」も同時になされていた。徴兵制はコストがかかるわりには、現在のハイテク軍事が要請するような兵士を育成できない。

⑭また二つ目の要因として、国家が徴収すべき富が生産される様態の変化がある。経済活動のグローバル化と抽象化は、領土内における民衆全体を質のよい労働者へと育成しながら生産性を向上させるというやり方を無効にしつつある。工場は経費の安い国外へと移転し、領土内には労働者をつかう場は減少している。いまや富の徴収にとって重要なのは、自国にある企業の指揮本部と国外の生産拠点、そして市場をつなぐネットワークを防衛することであり、また、浮動性のたかい金融資産が国外へと流出しないよう資本所得にたいしては減税をしながら、流動性のひくい民衆の生活にかかわる福祉的な税制上の配慮(いわゆる再分配政策) をなくしていくことである。

⑮国家はいまや、軍事的にも経済的にも、国民という形態に依拠する必要性から脱しつつあるのだ。国家にとって、領土内における住民全体の生存条件を整えることは、見返りのすくない非効率的な作業となりつつあるのである。

⑯ポピュリズムによる「国家への呼びかけ」は、現在の国家の脱国民化にたいするひとつの反作用にほかならない。その運動をうみだしている不安感は、国民国家のもとでむすばれていた民衆と国家のセキュリティ上の絆がほころびつつあることに起因している。そのほころびをむすび直そうとして、ポピュリズムは、国民であるための核となる人種的アイデンティティへとますます傾斜しているのだ。
萱野稔人 「権力の読み方ー状況と理論」
  <状況2 ポピュリズムのヨーロッパ>


以下問題 難易度1 2  4 5

1 この文章の「ポピュリズム」の例として適切でないものは?
イ デモ行進を通じて市民が政治的要求を達成しようとするありさま。
ロ より過激な言葉遣いをする政治家ほど世論の支持を集めるありさま。
ハ 移民労働者に対する排外主義政策が民衆の広範な支持を得るありさま。
ニ 治安が悪化しているという感覚に基づき人々が監視強化を求めるありさま。
ホ 社会的弱者の境遇は自己責任の結果だとする世論が社会に蔓延するありさま。
   ⑦段落からわかる。

2 5の「穏和」に、筆者が「 」を付けた理由を

「国家の国民化のプロセスで起こることは、一見すると~、その実態は~と考えているから。」

という形式の一文(四十字以上五十字以内)にまとめること。

3 本文の内容に合致する文を一つ選ぶ。
イ  昨今の人種主義にもとづく差別の蔓延は、国民国家という体制のなかで偶然に生まれてしまった病である。
口  経済のグローバル化によって起こった生産拠点の海外移転は、国民に与えられるべき福祉のリソースを流出させている。
ハ  国民が、いずれは自らの首を絞めるような政策を支持し始めているのは、国家形態が次の段階に移行する前触れである。
ニ  人間社会は進歩によって国民国家という形態を生み出したが、同時に国家はそれを維持するために暴力を占有するようになった。
ホ  コンピュータ・ネットワークを介して行われるサイバー戦争のような軍事テクノロジーの高度化は、国民を兵士として動員する理由を失わせた。 ⑫⑬段落からわかる。
関連記事

| 上北沢・哲英会(個人塾)連絡用ブログ ホーム |

▲TOPへ