高3国語:入試問題演習「賭博/偶然の哲学」から


問六 傍線部F「逆説的に、「自己責任」なるものを倒錯的に主張する」とあるが、「逆説的」であるとはどういうことか、説明せよ。

だが、リスク管理化された社会は、リスクの回収や結果の評価がそもそも不可能であることを前提としながら、いいかえれば、責任が限りなく賭けに近いものであるということを(少なくとも無意識的には)了解しながら、しかしそこで、逆説的に、「自己責任」なるものを倒錯的に主張する社会なのである。それは、パラドックス性を帯びた奇妙な切迫となって、ひとびとにのしかかる。世界はすべて、そのことについて個人が責任をとることなどとてもできないある種の賭けから成り立っているのに、その分からなさを軸にして、自分の行動そのものが根拠化されてしまう。自己が自己であることは何にも支えられていないのに、逆にそこでは何にも支えられていない自己の行為が、そこでの不安を隠蔽したいかのようにすべての機軸になり、逆に強く自己責任を語りたがる。自己再帰性そのものの典型的な病理状態が現れる。


◆なぜ、自己責任なるものを「倒錯的に」主張するのか。

倒錯的とは、



個人が、自己の行為について予めリスクを回収したり、結果を評価することは不可能であり、
したがって、
責任を取ることなどできるわけもない。

(そこで、③ あたかも責任を取ることができるかのように、

つまり、② 自己の行為はリスクの回収や結果の評価が可能であるかのように、

つまり、① これはしっかりした根拠の元におこなった行為であるかのように

振る舞うことによって、

行為の決断時に発生する矛盾=不安を払拭しようとして)

個人の行為に対して強く責任を主張する


という反応をするのである。


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