古文演習(2017千葉大)口語訳演習:枕草子


次の文章は、中宮定子のもとでのひとこまを描いた、『枕草子』の一節である。
設問
1 A~Cの主語は{作者、宰相の君、宮、大臣}のいずれか。
2 a~dについて、文法的に異なったものを1つ選べ。
3 傍線部①「え候ふまじき心ち」、④「今は歌のこと思ひかけじ」を、それぞれ現代語訳しなさい。
4 傍線部②「いといかがは、文字の数知らず、春は冬の歌、秋は梅花の歌などをよむやうは侍らむ」を、
わかりやすく説明しなさい。
5 傍線部③「亡き人のためにもいとほしう侍る」とあるが、「亡き人」とはどのような人かを説明しなさい。
6 傍線部⑤「さること承りて」とあるが、作者は誰から、どのようなことを承ったのか、答えなさい。
7 傍線部⑥「つつむこと候はずは、千の歌なりとこれよりなむ出でまうで来まし」について、
(1) 「つつむこと候はず」とは、どのようなことをったものか、文章全体を踏まえて説明しなさい。
(2) 「千の歌なりとこれよりなむ出でまうで来まし」を、わかりやすく現代語訳しなさい。


二日ばかりありて、その日の事など言ひ出づるに、宰相の君(中宮に仕える同僚の女房)、「いかにぞ、手づから折りたりと言ひし下蕨は」と、Aのたまふを、聞かa給ひて、「思ひ出づることのさまよ」と笑はせ給ひて、紙の散りたるに、
下蕨こそ恋しかりけれ
と書かせ給ひて、「本言へ」と仰せらるるも、いとをかし。
郭公(ほととぎす)たづねて聞きし声よりも
と書きて参らbたれば、
「いみじうけばりけり(大そういばって言ったものね)。かうだに、いかで郭公の事をかけつらむ」とて、笑はc給ふもはづかしながら、「何か、この歌、詠みはべらじ、となむ思ひ侍るを、物の折りなど、人の読み侍らむにも、『詠め』など仰せらるれば、①え候ふまじき心ちなむしはべる。②いといかがは、文字の数知らず、春は冬の歌、秋は梅の花の歌などを詠むやうは侍らむ。されど、歌詠むといはれし末々は、少し人よりまさりて、『その折りの歌は、これこそありけれ、さは言へど、それが子なれば』など言はればこそ、かひある心地もし侍らめ。つゆ取りわきたる方もなくて、さすがに歌がましう、我はと思へるさまに、最初によみ出で侍らむ、③亡き人のためも、いとほしう侍る
と、まめやかにB啓すれば、笑はせ給ひて、
「さらば、ただ心にまかす。我らは、詠めとも言はじ」とのたまはすれば、
「いと心やすくなり侍りぬ。④今は歌のこと思ひかけじ」など言ひてあるころ、庚申せさせ給ふとて、内大臣殿、いみじう心まうけせさせ給へり。
夜うち更くるほどに、題出だして、女房に歌よませ給ふ。皆けしきばみ、ゆるがし出だすに、宮の御前近くさぶらひて、物啓しなど、異事をのみ言ふを、大臣、御覧じて、「など、歌はよまで、むげに離れ居たる、題取れ」とて給ふを、「⑤さること承りて、歌よみ侍りまじうなりて侍れば、思ひかけ侍らず」と申す。「異様なること。まことに、さる事やは侍る。などか、さは許さd給ふ。いとあるまじき事なり。よし、異時は知らず、今宵は詠め」など、せめさせ給へど、け清う(きっぱりと)聞きも入れで候ふに、皆人々詠み出だして、よしあしなど定めらるる程に、いささかなる御文をC書きて投げ給はせたり。見れば、
元輔(清原一冗輔。作者の父。著名な歌人)が後と言はるる君しもや今宵の歌にはづれては居る
とあるを見るに、をかしきことぞ、たぐひなきや。いみじう笑へば、「何事ぞ、何事ぞ」と大臣も問い給ふ。
「その人の後と言はれぬ身なりせば今宵の歌をまづぞよままし。
つつむ事さ候はずは、千の歌なりと、これよりなむ出でまうで来まし」と啓しつ。


単語力と文法力を補う常識(人間心理)
口語訳もどき
(~から)二日ほど経って、あの日のこと=(郭公の件)などを話題にしていると、宰相の君が、「どうだった、あなたがはじめて自分で摘んだわと言ってた下蕨の味は」とおっしゃるのを、中宮様が耳にされて、「思い出すことと言ったら食べ物のことしかないの」とお笑いになって、散らかっている紙に、
下蕨(の味)が恋しいなあ
と下の句をお書きになって、「上の句を付けよ」とおっしゃるのも、とても奇抜でいけてる。
郭公(ほととぎす:夏を知らせる鳥)を訪ねて山へ入って聞いた(郭公の)声よりも
と私が書いて差し上げたところ、
「たいそう思い切ったことを言ったものねえ。これって食べ物なのにどうして郭公の声と比較するのよお」
とお笑いになるのがはずかしいものだから、
「お言葉ではございますが。私はこうした歌というものを一切お詠みますまいと思っておりますのに。(中宮様は)何か機会があって、人が歌を詠むことがあると、(私に)「詠め」などとお命じになられるので、私は中宮様にはもうこれ以上お仕えできそうもない気持ちがいたしますです。このようにどうして、和歌の文字数も知らないのに、また春に冬の歌を詠み、秋には梅花の歌を詠んだり(する愚かな間違いを)しなければならないのでございましょうか。しかし、歌が上手だと言われた者の子孫は、その詠む歌もいくらか人よりすぐれていて、『あの時の歌には、こういうのがございましたなあ。さすが、あの歌人のお子さまですなあ』などと言われるのでしたら、詠みがいもありましょう。しかし、全くこれといった取り柄もなくて、それでもそこそこの歌のつもりで、自分の歌はきっと・・・と自信ありげに、最初に詠んで披露するなどいたしましたなら、(そのひどさを皆に笑われて、私だけでなく)亡き父も気の毒でございます」
と真剣に申し上げると、中宮様はお笑いになって、
「そういうことならば、一切あなたの気持ちに任せます。私たちはあなたに歌を詠めとはもう言うまい」
とおっしゃって下さるので、
「すっかり気が楽になりました。もう歌のことは気にしません」
などと言っていたころ(のことでした)が、

中宮様が庚申待ちをなさるというので、内大臣様はそれを一生懸命取り仕切っていらっしゃった。
夜がふける頃に、内大臣様がお題を出して、女房たちにも歌をお詠ませになる。みな緊張し、苦労して詠んでいるのだが、私は中宮様のお側近くに侍して、お話申し上げることは、お題とは関係のない話ばかりなのを、内大臣様がお聞きなって、
「どうして歌を詠まないで、遠くに離れているのか。(題を記した)紙を取れ」
とおっしゃって(紙を)下さるのを、
「さるお言葉を中宮様からたまわって、歌は詠まなくてもよいということになっておりますので、歌のことはまったく考えていまぜん」
と申し上げる。(内大臣様は)
「奇妙な話だ。本当にそんなことがありますか。中宮様はどうしてお許しになったのでしょうか。まことにけしからぬことだ。わかった、しかし、他の時ならかまわないが、今夜はどうしてもだめだ、詠め」
などと責めなさるが、私がまったく聞く耳を持たないで侍していると、他の女房たちが次々と歌を作っては出したあと、善し悪しなどをお決めになる頃に、中宮様がちょっとしたお手紙を書いて私に投げて下さった。開けてみると、
元輔の子と言われるあなただから、今夜の歌会には参加していないのよね
と書いてあるのを見ると、おかしくてたまらない。私がひどく笑っていると、
「どうした、どうした」と内大臣様もお尋ねになる。
「私が、歌人の子だと言われぬ身の上でしたら、今夜の歌を誰よりも先に詠むことでしょう。
遠慮することがございませんのなら、千首の歌だろうと、これから出ていって詠んでくるでしょうが」と中宮様に申し上げた。


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