今週のテーマ:国語記述演習(個別)


「生(エロス)と死(タナトス)」の理解(フロイト)から始めて、
2つの入試問題を解く。


読解のみ:小浜逸郎 「死ぬ身体 ― エロス身体論」
  2009年 早大スポーツ出題
一人の人間個体の死は、一言で言うなら、「共同体(態)の一時的な解体と変容」なのであって、けっして単なるフイジカルな肉体の消滅ではない。この、共同体(態) の一時的な解体と変容は、修復され、編成され直されなくてはならない。だからこそ、人類はどこでも、肉体としての一個体の死を「私には関係ないこと」として短いあいだに放り出したりせずに、深く悲しんだり、遺体や遺骨を大事に扱ったり、埋葬の儀式という文化をもっていたりするのである。(本文の一部)


記述:宇都宮輝夫 「死と宗教」
  2007年 東大出題
なにゆえに死者の完全消滅を説く宗教伝統は人類の宗教史の中で例外的で、ほとんどの宗教が何らかの来世観を有しているのであろうか。なにゆえに死者の存続がほとんどの社会で説かれているのか。答えは単純である。死者は決して消滅などしないからである。親・子・孫は相互に似ており、そこには消滅せずに受け継がれていく何かがあるのを実感させる。
(略)

「死者は決して消滅などしない」とあるが、どういうことか、説明せよ。
「人間は自分が死んだあともたぶん生きている人々と社会的な相互作用を行う」とあるが、どういうことか、説明せよ。
「先行者の世界は、象徴化される必然性を持つ」とあるが、それはなぜか、説明せよ。
「他者のために死の犠牲を払うことは評価の対象となる」とあるが、それはなぜか、説明せよ。
「先行者の世界に関する表象の基礎にある世俗的一般的価値理念と、来世観の基礎にある宗教的価値理念との間には、通底するないし対応するところがある」とあるが、どういうことか。全体の論旨に即して100字以上210字以内で説明せよ。

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