子供と勉強


「塾会報7月」に載せる文章です。
 題名と文の順序に手を入れました。(7/3)


今できないことを、いつかできるようになるために勉強する。未来の自分を、漠然とではあるが、
想定して、何かを選択する能力を身につけるべく、あるいは将来の自分の意志のために、今いろ
んなことを勉強して備える。

「ちょっと辛いけど、・・・でも、がんばる。」
「ぼく、できるようになりたい。」
「今の成績じゃ無理だけど、がんばって、・・・にはいりたい。」

こうした志向性が、受験に止まらず、延いては、ものごとの仕組みをわかる力や人を理解する力や
社会で生き抜く力・・・を養うのだろうと思います。

親や教師によって強制された学習。瞬間的にはやらないよりはましでしょう。相手が子供だからです。
(小学校低学年なら、仕方ないか?) 

しかし、それが繰り返されるにつれ、子供はますます自己を対象化できなくなっていきます。石化して
いきます。自分を思考の対象にできない子供は、無意識の世界、夢のような世界に住み着いてしまいま
す。そこは、おそらく物が物自体であるような居心地のいい場所でしょう。反省がありませんから、自
己弁護や言い訳の仕方だけは長けてきますし、さも賢そうに反論さえするでしょう。

子供に必要なのは、
 「あんなに勉強したからこれだけできるようになったんだ、・・・やったあー!」
  とか、「あんな気遣いの足りない、短時間の勉強で満足する『あまちゃん』だった
  から落ちてしまった、・・・俺って馬鹿か!」とかいう、
(+やーの)心の活動=自作自演の独り言です。これが子供を進化させるのです。
ご存じのように、それは、<反省・自覚・意識・自分への関心>と呼ばれるものです。

また、脳は、親や教師のone patternな刺激に対して、自分を無化する(=ちゃんと反応しない)よう
にできています。私たちは、点数のことで、恫喝したり、嫌みや皮肉を発語してはなりません。
いい点数をほめることも、子供を負の方向へ向かわせます。いい点数をとるための最小の作業だけを求め
るようになり、やがて自滅します。

そうではなく、わたしたちは、彼らがなしえた「向上のための努力や工夫」をたたえましょう。

成績や進学の話しにとどまらず、わたしが生きてきた証としての「あなた」であること、
人生・社会・言葉・心理・体・生き物・流行・地震・原発・アベノミクスのことなど、
多岐にわたる話題=刺激で、彼らの頭をいっぱいにしてあげましょう。

こうした人間的な刺激をいつも提供してあげれば、あなたのお子さんはちゃんと反応してくれる、

とわたしは信じます。
                                      西村 文夫

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